Down-Shifting-Chef

そのうち考えます(笑)

過去に縛られる必要などない

 W杯の話ではありません。確かにコスタリカ戦は残念でしたが、舞台はワールドカップです。簡単な話じゃありませんよね。Gリーグ最終戦のスペイン戦は、本気(であろう)スペイン相手にガチな試合が見られるだけでも幸福ってもんですAM4:00ですが(笑)。

バッファロー'66』,1998,米

 詳細は省きますが、2日ほど前に嫌な出来事がありました。

 

 今日はお休みなので、家では独り。となると起こった出来事を頭で繰り返しつつ電気ランタン片手に毛布に潜り込みたくなります。自省を促すのは大切ですが、そこに過度な想像力が介入し始めると、いい思い出は美化された挙句、「あの頃は・・・」とノスタルジックな感傷に浸りがちになり、悪い思い出は不安と想像で誇張された挙句、事実よりも不正確で突拍子もない物語を創り出してしまう。いずれにしても過去は過去。教訓として受け入れること(があるなら)受け入れて、さっさと目先を変えるのが大切です。 

 

 ということで、せっかくだから近くの整骨院に行きました(笑)

 

 孔子は『論語』で、

 

「博打でもいいから手を使え」

 

 と言っています。めっちゃ簡単に言えば、「ぼーっとするぐらいなら博打でもして頭や手を使いなさいよ!その方がよっぽどマシよ!大抵のことはどーってことないのよ!んもぅ!くよくよするなんて時間の無駄よ!」ってことです(勝手な解釈です)。

 

 整骨院の先生曰く、実に2年ぶりとのこと。僕は博打はしませんが、その代わりに電流マッサージで全身をピクピク動かせることを選んだわけです。整骨院までの「移動」というのもいいですね。近い距離ではありますが、冷たく澄んだ風、木々の匂い、買い物をする人たちの表情、今にも落ちそうな枝の落ち葉を数えたり。1ま~ぃ、2ま~ぃ・・・(ちがうなこれ)。とにかく気持ちが良い。

バタフライ・エフェクト』(The Butterfly Effect),2004,米

 あとは子どもが行きたいと言っているUSJの日程を考えることでしょうか。未だに連れて行ってあげられていないんですよね。過去ではなく、今と次の楽しみのために時間を使う大切さ。そこにはもう、過去はありません。例え出て来たとしても払拭できる。

 

 そういえば、もうすぐ子どもが帰ってくるので、USJの日程について話し合おうと思います。

 

 ではまた ノシ

 

 

 

今日は仕事をばっくれました(逃走記)

 小学生の時、下校しながら独りで二宮尊徳みたいに本を両手に広げて帰っていると、その姿を車窓から見た人に「神童」と呼ばれた経験があります。読んでいたのは下校時に買った『コロコロコミック』の「ドラえもん」でしたが。今もあるんですかね?



 さて、今日は仕事をばっくれました。

 

 2日連続の午前様仕事を自分で選んだこともあって(1日目は僕も泥酔したので2日目はシラフ)、昨夜1時頃に帰ってきたときには「明日は休む公算がでかいな」と自分に言い聞かせている僕がいました。それを選択・実践した訳です。

 

「なんて無責任な!」「身勝手だ!」「期待を裏切るな!」「立場を考えろ!」「PTAざますよ!」

 

 とか「日本社会全体」(って一体誰のこと?)に加えてイーロン・マスクさんからも怒られそうです。ただ、自分から言うのもなんですが、僕は生来的に生真面目な人間なので、前にも書きましたが「人に頼む」というのが苦手だったりします。前職ではまさにそうで、歯ブラシが飛び出した風呂敷包みを毎日毎日背中に背負ってよっちよっちと歩いていました。近代初頭における離村向都民の「浅草はどこだべさ~」みたいな。その結果、自分で背負い込んで多大なストレスを受けた経験もあります。

 そんな過去の自分を反芻すると、今回の義務、責任、メンツ(笑)なんてものを主体的に放棄する行動も、「人を頼りにする」(ことができた)という点においては自分を褒めてあげられる内容であります。

 もちろん、効率や生産性は落ちるでしょうけど、現実的に考えれば、だからといってどうってことはない場合も多々あります。他のスタッフは怒っているかもしれません(笑)。でも話せば理解してくれる人間でもあります。理解されなくてもいいのかもしれません。

 

 こういう生々しい出来事は回顧録&感謝日記として有益だと思います。

 ありがとうございました。感謝。そして日本代表にも感謝。

くら派ですかスシロー派ですか?

 今日は@1時間ほどでW杯の日本:ドイツ戦なので、ちょっと落ち着かない(笑)。

 日韓大会の時は運良くチケットが買えて、今後W杯を見られる可能性は決して高くないと思ったので(ほぼ無理やり連れていく形で)家族で静岡まで行きました。対戦カードは「ドイツ:カメルーン」。イエローが11枚飛び出したラフな試合でした。結果はドイツ2-0カメルーン。クローゼのヘディングが今でも印象深い・・・けど、やっぱりドイツGKオリバー・カーンの存在感が際立っていました。友達になりたいぐらい(笑)。大雨でしたが良き想い出です。

 

 さて、今日はお休みで雨だったので、子どもと過ごす時間を優先しました。久し振りに外食でもしようかと思って何を食べたいか尋ねると「お寿司」と仰る。大抵の場合、彼が言うお寿司は「回転寿司」=くら寿司なんですが、今日はそうではなくて近くにある握り寿司の店名をご指名される!!なぜ!?

 

 本日、大金星の予感!(笑)。

 

・・・(しょうがなく)そのお店に行きました。と言ってもコロナ禍に入った2年ほど前から当該お寿司屋さんも営業方針を見直す必要に迫られたのか、

「60分 食べ放題 大人2,000円」(小学生1,500円)

 というのをやっていたので気持ち的には得した気分。しかし他の「食べ放題」と同様に実際はどうなのかわからない。まぁ、みんな満腹になったので考えるだけ野暮ですね。ご馳走様でした。美味しかったです!

 そういえば前に子どもを連れて公園で遊んでいると、同じ幼稚園のママさんと回転寿司の話になって、

 

「え、くら派?スシロー派?」

 

 と聞かれたことがありました。あるあるですね。うちは家から近いというだけの理由で派閥じゃないけど「くら派」です(笑)。ただ、「えびマヨ」だけに限定して言えば、スシローが好きです。

 それにしても回転寿司チェーンも物価高騰の影響で値上がりしちゃいましたね。100円!安い!が魅力だったのに165円とか。よくよくタッチパネルを見たら、正式な値上がり以前から、一貫ものや200円も増えてきていました。まぁ、この先下がるのかどうかは分からないけど苦渋の決断だったのだろうとは思います。

 じゃ、藤川球児のユニフォーム着て応援してきます。祈!舞えよ八咫烏!!!

両親が突然「同僚」になる 

 クリスマスの名曲と言えば数多ありますが、僕の中ではやはり今も何処かで流れているであろう山下達郎さんの『クリスマス・イブ』。前奏で気分が高揚した後に、ある種の間合い・溜めをもって引き出される歌声。わざわざ文字で表現すると、

「・・・ん雨わっつ」「・・んあっp@」「mmmmん雨わっ」「mmm雨mmっはっ夜ふっ(以下(ry」

 

・・・・・。

 

アバウト・シュミット』(About Schmidt),2002,米

 

 僕の両親は2人とも70代を超えた高齢者です(父親は後期高齢者)。未だに両者共に現役ですが、2023年(来年)には店を閉めようと考えていたようです。そんな折に長男の僕が仕事を辞めた挙句、「店、継ぎまーす、ういーっす」とか言い出した。

 当時の僕の親に対する考えとしては、両親もいい歳になった。さすがにもうしんどいのではないか、父は映画が好きだけど、今や必須のAmazonプライムも使えない。せめて彼らの環境を改善するのも長男の役目なのではないか(古いかなぁ)というものでした。

 

・・・・。

 

 僕自身の居住環境と彼らの環境を比較したとき、大きな落差(というか格差)に無自覚的ではいられない。いくら人生100年時代とは言え、70代半ばの両親が2人で暮らしていることについて諸々の(まだ起きてもない)不安要素も頭を掠めていました。その意味では、これはあくまで僕の勝手な考えですが「僕は介護の入口に立っているのか?」と感じたことも事実です。

アルマゲドン』(Armageddon),1998,米

 そんな中で、僕は4代目として両親と一緒に働くことになりました。「えー話やーん」と聞こえるかもしれませんが、現実には僕がお店に入る数カ月前から両親と局地的な紛争が勃発、そのすぐ後にはロシアがウクライナに侵攻、北朝鮮ICBM保有国としての立場を強調、明日になれば地球に小惑星が衝突しそうなのでハリーと僕がNASAから「チョット、キテヨ」と呼ばれる気配さえ感じました。なんでそんなことになったのかと原因を探ると簡単な話で、

 

「これまで付かず離れずだった親子関係が、突然、職場の上司・同僚になった」

 

 からです。"仕事は、ほどほどに" がモットーの僕ですが、さすがに当時は緊張感を持っていました。だから、「なんでこんなこともできないのか」「こんなことも導入できてないのか」、挙句に「今までなにやってたねん」「宿題だらけやん」という心無い言葉さえ脳裏を過りました。

 「同族経営」なんて用語とは本当に縁遠い小さな飲食店ですが、これまでの家族が突然、職場の同僚になって、しかも世代が大きく異なると、料理内容はもちろん、お店のファサード(外観)、インテリアの位置、接客態度、果ては小物やサインの置き場所まで感覚が異なるもんです。「今までこれでやってきた」から「これでえーねん」と言われても「今から始める」僕にとっては改善すべき点ばかりが目に付く訳です。

 ただ、冷静になって考えてみると、先に挙げた「環境格差の改善」という理念が置き去りにされてしまっていることに気づきました。もちろん先に書いた内容は生活環境を念頭に置いたものですが店舗だって変わらない。これは彼らの問題というより社会的な格差なんだ、と。

千と千尋の神隠し』,2001,日本

 なんでもかんでもデジタル化が良いとは全く思いませんが、使い方次第では有益なものもある。経営する側としてはお客さんのことも考えなきゃいけない。だけど世代が異なれば、個々人によって程度の差はあるでしょうけど、何かひとつをデジタル化することさえ難しかったりする訳です(実際に手続きは煩雑でもあるし、親切でもない。そもそもネットを使えるのを前提にしている場合もある)。

 加えて言えば、産みの苦しみではないですが、そんな現状を目の当たりにして僕自身も少しパニくったのも正直な話です。優先順位を立てたうえで各個撃破していけば良いものを、頭の中で同時並列的に並べた挙句、一気に解消しなければいけない課題群と自分で全部背負い込んでしまった。「〇〇しなければ」「〇〇すべき」と、誰に命令されている訳でもないのに「義務的思考」「べき思考」に心身を占領されていました。

 

 結果、3日で、ムリと気づきました。

 

 諦めた訳ではなく、そもそも前職を辞めて、なんで今、自分がここにいるのかを忘れている。なかでも最大の盲点は「同僚(家族)ができない」というのは誤算ではなく、あらかじめ分かっていたことだった。にも関わらず「全部僕がやらなきゃいけない」、「僕がいなきゃどうにもならない」「ここは竪穴式住居かー!」という誤った現状認識(認知)をしてしまったことです。「私にしかできない!」とか「代わりが効かないの!」なんて傲慢の極致にほかならない。真実は、

 

 世界は、僕が居なくても困らない(いい意味で 笑)。

 

 です。その後は、『日本昔話』のように、ほどほどの自分を取り戻し、同僚(家族)を信頼し始め、僕もやることをやるだけの日々をゆっくりとやっていこうと考えました。

 

じゃ、また。

40代で専門学生になる⑮ 「機嫌よく、かつ不真面目に」

 今回で『40代で専門学生になる』も自己目標の50%である15回を迎えました。つまり、とりあえず終わりを迎えたということです(笑)。わーい!テーマを読めば開高健の「悠々として、急げ」みたいですね。

これを機会に同様のテーマは一旦止めて、今後は「そういえば」的に引き出しから出して来ようと思います。

 これまでは、「学校の選び方」、「通学の仕方」、「荷物の多さ」、「友との出会い」、「嫌な出来事」など、できるだけ具体的な内容を書くことを念頭に置いてきました。

 今回は一応の最終回なので、具体的内容とは少し距離を取って、新しいことを始めるに当たって、どういった精神状態を賦活(ふかつ)・維持(いじ)させていくかについて、僕自身の経験に引き付けて書いていこうと思います。

 上に「賦活」と書いたのは、現代社会では「石を投げれば鬱に当たる」と言われるぐらい心的ストレスを抱えた方が多いことを想定しています(当然だと思います。自分を責める必要など全くありません)。統計などの数字を出すまでもなく、どのような立場であれ、日常生活を送るだけでそれなりの負荷がかかるもんです。そのような社会的状況を、少々乱暴に一括すれば、『現代社会における「生きづらさ」』と換言できます。    じゃあその要因は何なのか?それを取り除いたらいいのでは?と答えを急ぎたくもなりますが、社会の構成員である私たちが意識するかどうかに関係なく、

 「高度情報化社会」

 「高度消費社会」

 「格差社会

 「物質主義」

 など、現代の特徴とも言える社会的背景は生活の細部にまで浸潤しています。外科的治療のように摘出できない。政治・経済・社会あるいは文化的領域にまで広く、環境として浸潤してしまっている。在るものはしょうがない。言わば近代的な合理主義が行き着いた先に僕たちは存在している訳です。その意味では、村上春樹の言葉を借りれば「システム」という壁に対して、僕は投げられる「生卵」(になった)訳です(笑)。

 それに加えて日本の場合、2024年には団塊の世代の全員が75歳以上(公的な枠組みとしては「後期高齢者」)になる。激烈な少子高齢化。ちなみに僕の世代は(誰が仕掛け人か知りませんが)、「失われた世代」(The Lost Generation)なんて呼ばれちゃっています(笑)。現在では少子高齢化が問題になった挙句、「産めよ増やせよ」「生産性」なんて言葉を軽々しく口にする失言政治家が少なからずいる中で、「ベビーブーム」という(ある意味では奇跡的に幸福な)世代に生まれた僕たちの世代は "lost" ですよ(笑)。

 価値観自体が逆転しちゃった。

 ちなみに " lost " 世代の大学浪人は1/3人、バブルってなに?(笑)、就職は超氷河期、今でいう「小中高等学校の教員が足りない」なんて地球がひっくり返るコペルニクス的転回(笑)だった、というのが僕の世代です。そんなことを一気にほうばると、「もう、課題だらけやん!」と息ができなくなる(笑)。だからこそ、

 一旦、そういった、社会的な大きな背景は置き去りにしちゃいましょう。

 「次世代のために」のスローガンのもと、真正面から向き合うべき問題であることも理解できる。でも相手があまりに大きすぎるので、精神的余裕でもないと立ち向かう気力も出ない。そもそも、人間が世界や社会情勢によってその都度、人生が左右されるのは歴史が明らかにしている。だから、

時代に泣き言を言ってもしょうがない。「被害者」意識を持つことに意味はない。

というのも現実的な考え方です。

 そのためにもまずは、人生を半分生きた "これから"の人間が" 、"これから" 意識したほうがいいことは、

どうやって、「 ‟愉快に、機嫌よく” 生き延びるか」(注1)

 というものです。上記引用は社会学者の内田樹の言葉の一部ですが、内田の指摘は(少なくとも部分的には)的を得たものだと思います。自分の立場に引き付けて考えると、

 

「上司が私を怒らせる」、「同僚が私を怒らせる」、「同業者が私を怒らせる」、「既婚者が私を怒らせる」

 

 それら排水溝が詰まった先に、

 

「社会が ァァァァ!!」

「よのかな ガァァァァァァ!!」

「世界が ァァァァ!!」

 

 と呪いの感情で自己を支配してしまう。しかし冷静に(6秒以上)深呼吸をすれば、時代も他者もあなたに、「怒れ」、「感情を害されろ!」、「ぐへへのへ」と命令している訳でもない。誰に制御されている訳でもない。

 だから、多くの場合、怒るか/怒らないかは自分が選択できるんです。あくまでも最終的な選択決定権は、私(あなた)自身にあるわけです。そこを忘れると、先に挙げた大きな背景~日常という小さな出来事まで、全て自分の感情を左右させるものとして迫ってきてしまう。

イングリッシュ・ペイシェント』(The English Patient),1996,米

 大切なのは、社会、世間、世の中、他者からの出来事や言動に対して、いちいち感情を左右させないことです。それを意識化する努力(といっても常々意識的であるだけ)を続ければ、変化にチャレンジしたり、不安を克服したり、現状を変えようとする意思が培われたりしてくる。

 その結果、やっと先に挙げた消費、情報、物質主義、格差社会などを冷静に観察して、主体的に(自分から)抜け出すための思考を働かせることが可能になる(ライフスタイルとしての生き方を再考できる)

 これが僕が社会人学生になる前後期のプロセスで学んだ大切なことのひとつです。自分という存在を放棄しないこと。例え強風が吹こうとも、柳に風のように、機嫌よく流してしまいましょう。

 じゃ、また。

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(注1)内田樹,『サル化する世界』,文藝春秋,2020

40代で専門学生になる⑭ 「嫌な出来事」もある

 今回で⑭回目になる『40代で専門学生になる』ですが、このテーマもそろそろ終わろうと思っています(個人的目標は30回)。読み返してみると、わりと必死だった自分を回顧することもできて僕自身にとって有益です。初心表明というより現状に続く初心行動の記録だなぁと(しみじみ)。

わたしは、ダニエル・ブレイク』(I, Daniel Blake),2016.英

 とはいえ、美しい言葉だけで過去をまとめあげるのもなんだか腑に落ちない。特に僕のような年齢でこれから新しいこと(就職、進学等)を「集団の中に入って」始めようとする方も少なからずいると想定すれば、40代で専門学生になったからこそ経験した「嫌な出来事」も書いておいたほうが良いと思います。

 

1.嫌な出来事(であろう出来事)の事例

(1)なぜか上級生(2年生)の学生がやたらと先輩面してくる。

(2)置いていた用具を邪魔だとゴミのように投げられる。

(3)お前がやれと実習後のモップ掃除を任される。

(4)当時話題だった小室圭さんについての批判を延々と述べられる。

 

2.分析

(1)先輩面と命令口調について。

 学校教育で養ったタテ社会の延長線上に位置する問題です。つまり日本の教育環境および多くの職場で制度化されている専制君主的・上意下達という非民主的な構造が、高校を卒業して間もない人間にも、既にシステマティックにプログラミングされてしまっている。当人にとっては、先にこの場に足を踏み入れた私はあなたより、少なくともこの空間においては、全てにおいて「上級」なのよという狭小な価値観に基づく錯覚がなせる業です。

 

(2)置いていた用具をゴミのように投げられることについて。

 この事例でもモノを投げた人間は上級生です。だから(1)と似通った構造が基盤として存在している。ただ、この場合は「僕が所有しているモノ」を邪険に、しかし素知らぬ顔で、何事もないかのように投げる訳ですから、ある程度の意思・意図が働いている。じゃあその意図とは何かと問えば、他者である(僕)は、私(彼女)にとっては異質な存在なのよ。だけど同じ人間であることはわかるわ(笑)。だとすれば感情ぐらいあるだろうから、モノを投げれば私があなたを嫌悪し排除したいという気持ちぐらいは理解できるでしょ?というものです。1000000000歩譲ったうえでの救いとしては、彼女が僕を感情のある人間と認識していたことに可能性を見出せることです。加えて言えば、投げられたモノは彼女の感情(事情)であり、僕が投げられた訳ではありません。よってこの出来事は「劇団彼女ひとり」です。

 

(3)お前がやれと実習後のモップ掃除を任される。

 これも「先輩(笑)」からの指示です。つっけんどんにバシッと言葉も無く、顔を見ることなくモップを渡される。ただ、これについては僕自身にも責任があります。なぜかというと、僕には時間が必要だったので主体的に掃き掃除・モップ掛けを多くの場合は誰よりも早くやっていたからです。1年間やり通したと言ってもいい。早く終われば早く帰られる。そういう日常を見ていた挙句、汚い仕事は「あなたの役目」と役割を勝手に固定させていたように思います。

 

(4)当時話題だった小室圭さんについて延々と批判を述べられること。

 いや、僕にも君にも関係ないやん(笑)。税金の問題はあるのかもしれませんが、個人としての小室さんを週刊誌程度の情報だけを鵜呑みにして憎悪の対象とするのは人権上の問題としてどうなんでしょうね。情報に操作されているだけの悲しい出来事です。しかもそれがなんでわざわざ僕に向かってくるのか(笑)。まぁ、こういった「どうにもならないこと」に対して感情を左右されるのはエネルギーの無駄遣い。そこをきっちり意識したうえで健全な境界線を引いて受け入れればいい。聞いてあげましょう。

 

3.結論

特筆すべき問題など存在しない。

絶対に大丈夫!

 となります。僕が「絶対」という言葉を用いることはあまりないですが、これは「絶対」です。そもそも子ども相手ですから。登場した人たちの先行きは不安ですが、真面目な生徒も多くいます。

恋人までの距離』(原題: Before Sunrise),1995,米

※余談ですが、大学ならこんなしょーもない問題はもっと少なく、相談相手も多いと思います。

 

じゃ、また。

40代で専門学生になる⑬ 実技試験「放課後とオムレツ」

 今日は調理系専門学校で経験した実技試験について、あくまで40代というオトナの目線から書いていきたいと思います。ま、初心ナントやら、前向きな回顧録です。

  僕が通った学校では、西洋料理、中国料理、日本料理の3種類を学べました。表面的かと言えば決してそうではなく、各分野の基本的事項を徹底的に教え込まれます。1年通せば、最終的には「コース」(MENU)を、多くの料理の中から前菜からメイン、デザートまで提供できるよう設定されていました。

 調理技術も(当たり前ですが)「昔ながらの見様見真似(笑)」ではなく(先生にも依りますが)「調理理論」に基づいた(言ってみれば化学反応)内容は意識されています。基本を学びつつ、その後はさらにステップアップした料理内容となります。

 

試験は大きく分けて座学と実技に分かれます。

 座学の場合は前期と後期の2回。これは調理師免許に関わるもので、総合得点が基準より下回れば(試験料を支払って)追試、それでもダメなら(また支払って)追試の繰り返し。説明を聞いた時には、

 

「亡者かよ・・・(笑)」

※僕にはそんなお金払っている余裕はない訳で。

 

 と思いましたが、学校側としても学生を入学させた以上、最低でも免許は取ってもらわなければ保護者にも説明が付かないので、受かるまで受けさせる(ただし要課金)というシステムを採用しているのでしょう。職業訓練校ですから、障がいを抱える生徒もいます。彼らにとって資格は実務(就職)と直結していますから、課金制度は少々考えものですが、真面目にやれば "No one left behind" も理解できます。

 

・・・・・・。

 

 さて、今日のテーマである実技試験ですが、これも西洋、中国、日本と各分野で3回の試験、合計9科目の試験が課されます。1試験10点満点で、6点以上なら合格です。ただし全ての試験で6点を取る必要はなく、9科目の試験を終えた時点で、6点×9科目=54点以上なら総合得点として合格になります。例えば9回の試験のうち、

 

西洋料理:①4点 ②9点 ③5点 = 18点

中国料理:①8点 ②2点 ③6点 = 16点

日本料理:①9点 ②7点 ③6点 = 22点

合計:54点=合格となります。

 

 53点以下の場合は5点以下だった実技試験を追試(材料は各自持ち込み)となります。実技試験の内容は、それぞれ基本的な料理技術を問うものですが、だからこそ難しいものが選ばれています。もしかしたら年によって違うのかもしれませんが僕の場合は、

 

◆西洋料理

①人参のジュリエンヌ(5cm×2ミリ千切り)

②ジャガイモのシャトー剥き

③オムレツ(卵2個)

◆中国料理(エスニック含む)

①ピーマンの掃除と千切り(絲(スー))

②人参の飾り切り(鳥、魚、兎から選ぶ)

③薄焼き卵(蛋皮(タンピー))

◆日本料理

①大根の桂剥き(長さ50cm以上)

②梅人参

③出汁巻き卵

 

 当然、分野によって包丁も違えば鍋も違います。しかもフライパンも巻き鍋もテフロン加工など施されていない「鉄」です。タタラです(笑)。つまり「火加減が大切よ!」「焦げちゃうわよ!」「くっつくわよ!」ということです。

 

 現代の科学技術は料理にも多く応用されていますが、学校ではそういった技術や用具については禁句化されている…面があります(笑)。

 

 スライサーやフードプロセッサーを使えば容易にできるやん・・・と僕のように実家が飲食店でなくとも首を傾げたくなる内容もあります。しかし実際に現場に出て痛感するのは、

 

「器具とか使ってる暇ねー--!!」

 

 という事態が発生するってことです。恐竜に追いかけられるドラえもん状況。

 それでも焦らず「なんとかしてみせる」というのがプロなのですが、そこで役立つのはやはり人の手です。器具を持ち出す前に判断・実行する。「みんながんばれ」ガンガンいこうぜ「呪文使うな」なんて指示している暇などない。加えて言えば、少なくとも僕が生きている間は、この危機的状況を打破するAIは実装されないと思います。まぁ、

 

道具もSNSもこのブログだって人間の使い方次第

 

ってことですね。

 

 そんな条件下なので、追試の資金提供など見込めない我々社会人3人組は座学・実技とも真面目に学習、練習しました。

 前に書いたように先生の都合を聞いて、その指導のもとに居残り練習(要食材持ち込み)ができるのですが、例えば上記「オムレツ」の場合、3つのコンロに社会人が3人横並びでパンを振るわけです。1回の「放課後」でオムレツを10~20個作る(持って帰って食べる・・・)。僕ら3人の社会人は連携プレーもあって、座学・実技ともに追試を受けることなく無事に本当に良い成績で試験をクリアしました。実技試験が全て終わった際には、教室で先生が合格者の名前を呼びます。そのときはさすがに3人で握手しました。

 

「Age is just number」(年齢は単なる数字に過ぎない)

 

 と言ったのはジャズ・ミュージシャンのパナマ・フランシスだったと思います。生きている以上、僕らはなんだってなれる。ギターを習い始めれば、そのときあなたはギタリストだし、サッカーボールを蹴り始めたらサッカー選手、ナイフを研ぎ始めたら料理人です。

 安っぽい既得権益者は、例えプロであれ、そういった事態を歓迎しないかもしれません。もしかしたら何かを始めたあなたにつまらないことを言ってくるかもしれません。でもそんな不適切な内容は、発言者の個人的な都合が招いたイチャモンでしかない。だから自分の力を放棄せず進んでいけば良いと思います。人生はなんでも実験で、僕らにはいつだって、広い社会の中で、多様な可能性に満ちている。

明日もまた、今を大切にしようと思います。

ありがとうございました。