とある "Down-Shifter" の日常

そのとき考えます(笑)

両親が突然「同僚」になる 

 クリスマスの名曲と言えば数多ありますが、僕の中ではやはり今も何処かで流れているであろう山下達郎さんの『クリスマス・イブ』。前奏で気分が高揚した後に、ある種の間合い・溜めをもって引き出される歌声。わざわざ文字で表現すると、

「・・・ん雨わっつ」「・・んあっp@」「mmmmん雨わっ」「mmm雨mmっはっ夜ふっ(以下(ry」

 

・・・・・。

 

アバウト・シュミット』(About Schmidt),2002,米

 

 僕の両親は2人とも70代を超えた高齢者です(父親は後期高齢者)。未だに両者共に現役ですが、2023年(来年)には店を閉めようと考えていたようです。そんな折に長男の僕が仕事を辞めた挙句、「店、継ぎまーす、ういーっす」とか言い出した。

 当時の僕の親に対する考えとしては、両親もいい歳になった。さすがにもうしんどいのではないか、父は映画が好きだけど、今や必須のAmazonプライムも使えない。せめて彼らの環境を改善するのも長男の役目なのではないか(古いかなぁ)というものでした。

 

・・・・。

 

 僕自身の居住環境と彼らの環境を比較したとき、大きな落差(というか格差)に無自覚的ではいられない。いくら人生100年時代とは言え、70代半ばの両親が2人で暮らしていることについて諸々の(まだ起きてもない)不安要素も頭を掠めていました。その意味では、これはあくまで僕の勝手な考えですが「僕は介護の入口に立っているのか?」と感じたことも事実です。

アルマゲドン』(Armageddon),1998,米

 そんな中で、僕は4代目として両親と一緒に働くことになりました。「えー話やーん」と聞こえるかもしれませんが、現実には僕がお店に入る数カ月前から両親と局地的な紛争が勃発、そのすぐ後にはロシアがウクライナに侵攻、北朝鮮ICBM保有国としての立場を強調、明日になれば地球に小惑星が衝突しそうなのでハリーと僕がNASAから「チョット、キテヨ」と呼ばれる気配さえ感じました。なんでそんなことになったのかと原因を探ると簡単な話で、

 

「これまで付かず離れずだった親子関係が、突然、職場の上司・同僚になった」

 

 からです。"仕事は、ほどほどに" がモットーの僕ですが、さすがに当時は緊張感を持っていました。だから、「なんでこんなこともできないのか」「こんなことも導入できてないのか」、挙句に「今までなにやってたねん」「宿題だらけやん」という心無い言葉さえ脳裏を過りました。

 「同族経営」なんて用語とは本当に縁遠い小さな飲食店ですが、これまでの家族が突然、職場の同僚になって、しかも世代が大きく異なると、料理内容はもちろん、お店のファサード(外観)、インテリアの位置、接客態度、果ては小物やサインの置き場所まで感覚が異なるもんです。「今までこれでやってきた」から「これでえーねん」と言われても「今から始める」僕にとっては改善すべき点ばかりが目に付く訳です。

 ただ、冷静になって考えてみると、先に挙げた「環境格差の改善」という理念が置き去りにされてしまっていることに気づきました。もちろん先に書いた内容は生活環境を念頭に置いたものですが店舗だって変わらない。これは彼らの問題というより社会的な格差なんだ、と。

千と千尋の神隠し』,2001,日本

 なんでもかんでもデジタル化が良いとは全く思いませんが、使い方次第では有益なものもある。経営する側としてはお客さんのことも考えなきゃいけない。だけど世代が異なれば、個々人によって程度の差はあるでしょうけど、何かひとつをデジタル化することさえ難しかったりする訳です(実際に手続きは煩雑でもあるし、親切でもない。そもそもネットを使えるのを前提にしている場合もある)。

 加えて言えば、産みの苦しみではないですが、そんな現状を目の当たりにして僕自身も少しパニくったのも正直な話です。優先順位を立てたうえで各個撃破していけば良いものを、頭の中で同時並列的に並べた挙句、一気に解消しなければいけない課題群と自分で全部背負い込んでしまった。「〇〇しなければ」「〇〇すべき」と、誰に命令されている訳でもないのに「義務的思考」「べき思考」に心身を占領されていました。

 

 結果、3日で、ムリと気づきました。

 

 諦めた訳ではなく、そもそも前職を辞めて、なんで今、自分がここにいるのかを忘れている。なかでも最大の盲点は「同僚(家族)ができない」というのは誤算ではなく、あらかじめ分かっていたことだった。にも関わらず「全部僕がやらなきゃいけない」、「僕がいなきゃどうにもならない」「ここは竪穴式住居かー!」という誤った現状認識(認知)をしてしまったことです。「私にしかできない!」とか「代わりが効かないの!」なんて傲慢の極致にほかならない。真実は、

 

 世界は、僕が居なくても困らない(いい意味で 笑)。

 

 です。その後は、『日本昔話』のように、ほどほどの自分を取り戻し、同僚(家族)を信頼し始め、僕もやることをやるだけの日々をゆっくりとやっていこうと考えました。

 

じゃ、また。