とある "Down-Shifter" の日常

そのとき考えます(笑)

そういえば"Down-shifting"って何ですか?

 今日はお休みだったのですが朝から店舗へ。明日でも明後日でも間に合う仕事なんですが、「やるかやらないか?」「迷うなら、やったほうがいいんじゃない」という方向をできるだけ選ぶようにしているので車を走らせました。

 狭い厨房ですが、独りだけで好きな音楽を掛けながら料理するのは楽しいもんです。シャッフルなので音楽によってはノリノリにもなります(笑)。同僚がいないほうが仕事が捗る(ことも多々ある)というのは前職でも同じでした。

 お蔭様でさくさくと仕事を終えて、子どもが帰ってくる15:30にはホワイトベースに着陸できました。

 その後は子どもと遊ぶ、家族で夕食、お風呂、日記(ブログ)時間・・・。僕はこんな感じの、

 

 「仕事以外の生活」 > 「仕事」

 

 という時間配分を愛しています・・・愛していますなんて(///)キャー。もちろん、毎回こうはいきませんが、上記図式を常に頭に留めてはいます。

 

 そもそも、ブログ名(実は仮題のままですが)の "Down-Shifting" という用語は、20年も前に邦訳・出版された『浪費するアメリカ人 なぜ要らないものまで欲しがるか』(※1)における "Down-shifter" 「変速ギアを切り替えた生活者」、「減速生活者」から引用したものです。

 現代社会の特徴である高度な消費社会 ≒ 物質主義への懐疑はアメリカにおいては既に1990年代に始まっていました。著者である社会・経済学者のジュリエット・B・ショアは、それら社会的な状況について社会学、経済学、人類学の手法を用いて調査を行います。それによって「物質主義・消費主義 ≒ 豊かな人生」という定型化、一般化しつつある状況に対して、人々がどのように対峙・抵抗しているのかについて明らかにしました。

 

「'90年代半ばには成人の1/5が自発的にライフスタイルを変え、収入が減るにもかかわらず正規の定年まで働く可能性を断ち切った」

 

 というのは、高度な消費主義に対する市井の人々の抵抗の実践です。さすが消費大国アメリカ、合理主義と個人主義も起因してか、社会情勢に対する反応も早いですね。それはいいとして、じゃあその人たちは減速生活を選択したことに満足しているのだろうか?というのも気になります。追跡調査では「85%が満足している」ことが明らかにされています。この満足度の高さには、仲間も結構多いというのも影響しています。そのなかでも僕が関心を持ったのが、

 

「減速生活者は、時間と生活の質が金銭よりも相対的に重要となる変化を経験している」

 

 これは、大量消費社会に違和感を持つ、あるいはその結果として減速生活を選んだとしても、実際に減速生活者になるまでには、これまでの人生の中で埋め込まれてきた「常識」や「価値観」を疑い、ときには社会的な階級闘争も厭わないなど、お金やモノとは異なる方向の生活の質に向かう価値転換を図るための努力(プロセス)も多少は必要なんですということです。メインストリームから外れるというのは(他の大小さまざまな事象と同様に)変化への挑戦でもあるので当然のことでしょう。実際の減速生活者たちの経験から導き出されたものなので説得力があります。

たそがれ清兵衛』,2002

 言葉では簡単だけど、実際にやるとなると、今まで掛け続けてきたその「色メガネ」外せますか?ってな訳ですね。普段から自分を含めた社会・経済・政治的状況に対してアンテナを張り、批評的精神を担保したまま感じ、考え、読んで、また考え、語る・・・といことが大切になってくるように思います。だから多少の明敏さは求められる。

 僕自身、未だに進行形の "shifting" ですが、大勢に支配されることなく、自分の力を手放さず歩んでいきたいと強く思います(子どもを物質主義者にしたくないという次世代も見据えつつ)。

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(注1)ブリジット・B・ショア(Juliet B.SCHOR):『浪費するアメリカ人 なぜ要らないものまで欲しがるか」,森岡孝二(訳),岩波書店,2000